2014/04/16

UDA土曜ゲーム会('14/04/12)

12日の土曜日に行われたUDAゲーム会のレポートです。

例によってプレイできた各タイトルの印象、雑感をこちらにてまとめておきます。全てのタイトルを4人でプレイしました。

“フッガー家”(クラウス=ユルガン・レーデ/アドルング/2003年)

“カルカソンヌ”のレーデが“カルカソンヌ”の3年後、今から11年前に発表したカードゲームです。

手札からカードをプレイし、全5種類の商品の時価を操作しなるべく高く売却することを目指します。

いづれかの商品で5枚目のカードがプレイされたらラウンド終了で、価格の変動処理を行い、各プレイヤーのプレイした場札を全て売却し資産とします。この資産が100を超えたプレイヤーがいたらそこでゲーム終了です。

商品の価格は1から9の九段階で、高騰することで9を超えると1になることもあって、変動はかなりダイナミックで、予断を許さない状況が延々と続きます。

状況によっては価格が二倍となる“特級品”や手札補充をサポートしてくれる“商人”といった一部の特殊なカードが、基本的には地味でシンプルな本作のあくまでも枠の中で気の利いた調味料になっていました。

またNPCともいえる大富豪にラウンド開始時に2枚の商品がプレイされるというアイデアも、各ラウンドの方向性をスタートプレイヤーに委ねないという意味で、印象に残るアイデアのひとつでした。

この手のタイトルは相場変動のメカニクスのアイデアが、特にフリークにとって評価のポイントとなる点と思われますが、本作のそれはまずまずの及第点というのが僕の印象。ここは“ままならなさ”(各プレイヤーの価格変動あるいは決定への支配力といってもいいかと)のバランスの設定がデザインに問われる部分で、まあ決して簡単なものではないですよね。

可もなく不可もなく、そつなく纏められた手堅い一作という印象で評価はPositive-。駆引きも濃厚で十分に楽しめた60分でした。

“CV”(フィリップ・ミウンスキー/グランナ/2013年)

僕自身注目していた、昨年の“シュピール13”にて発表された東欧のデザイナー、ミウンスキー(代表作は“マグヌムサル”や“バルト海”)による新作。

簡単にいえば“人生をテーマにしたヤッツィー”。

手番にはダイスを振り(2回までリロール可能)、結果から場札を獲得し、自分の場札として“人生の履歴書”を築いていく。

ゲームデザインとしては特筆すべき点は少なく、コアなフリークであればセッションの経験はそれほど印象深いものとして残るようなことはないかもしれない。ただ本作をプレイして少なからず感慨に耽ってしまった僕の印象は以下の通りだ。

ここにはシステムやらメカニクスやら果てはランダマイザが云々かんぬんと小難しいことばかり考えているような僕みたいなフリークのアプローチをするりと簡単に躱してしまうような“軽さ”がある。ちょっと話が飛ぶけれど、僕がボードゲームに対して小難しい用語を使って話したくなるのは、いわば理論的理知的理性的に“テーブルゲームの持つ面白さ”の仕組みにアプローチしたい、理解したい、バラバラに噛み砕いて消化したいという思いがあるからだ。そしてそうすることでのみ他人と考えを共有できると信じているから。また同じように分析することが好きなボードゲームファンの意見を聞くのも面白いし、そういった各種意見から自分の意見を改めていく、いわば終わりのないフィードバックとも言えそうな流れは実にスリリングだし、またボードゲームが好きだからこそこういった流れは大変に興味深くて面白く目が離せそうにない。そういったアプローチは誰にも否定できるものではないし、テーブルゲームがひとつの貴重な文化であると捉えれば全くもって必要不可欠なものでもあると考える。

話がいささか飛躍してしまったけれど、そういったアプローチから無縁の世界で輝くような魅力を放つゲームが存在することも確かだと思っていて…。とくに秀逸な子供向けゲーム(たとえば“飴ちゃん工場”のような)に多い気がしているけれど、ある意味ゲーム本来の始原的な楽しさ、英単語一語でいえば“fun”という感覚。おもちゃの延長としての、理屈のない楽しさ。そんな魅力をもったゲームも少なからずある。

本作もそのような魅力をもった一作ではないかというのが僕の印象。“人生”という一言では済まされない有象無象がシニカルで秀逸なアートワークや各種効果の設定でもって、実に味わい深いフレーバーとして表現されている。

僕のようなシステム第一主義のユーロ愛好者でもフレーバーや作品世界の雰囲気を楽しめたのが印象深かった一作。Positive-。勝ち負けは二の次にして新しい人生を最初からやり直せる、その楽しさを味わえる良質のテーブルゲーム。

“フロレンツァ・カードゲーム”(ステファノ・グロッピ/プラセンティア/2013年)

先に発表されていたボードゲームのカードバージョンをギルドカードは抜いて初プレイ(因みにボード版は未プレイ)。

大量のカードに尻込みしてしまいそうになりますが、トゥーマッチ感は希薄な比較的シンプルなワーカー配置&リソース管理。

システムはこれぞ王道といった作りで、経験豊富なプレイヤーであれば非常に馴染のあるテイストから安心感すら覚えそうな安定感のある作り。逆にいえば斬新さ、オリジナリティは希薄かも。

手番に行うアクションが8択でその選択肢の多さに最初は戸惑いそうですが、こちらも難しいものではなく、選択の決断に戸惑うことは少ないかと。

面白いのは“予約”というアイデアで、これは競合する他者に先んじて得点となるカードをキープできるアクションで、これには達成できない時に減点というペナルティが付随しますが、得点を確保できるメリットも大きいものがあり、総じてマネジメントの手腕が問われるところであり本作の醍醐味のひとつかと。

運要素の低い、抜かりのないかっちりとした現代ユーロの好サンプル。

全5ラウンドという歯切れの良さも好印象。ソロプレイ感がやや強く、また戦術戦略の幅の広さが懸念されますが、完成度は悪くなく評価はPositive-

“栄光ある演習”(ローランド・ジーガー/シュミット/1992年)

22年も前のドイツ産ボードゲームで一種の変形双六。

ダイスもカードも使わないのが最大の特徴のひとつで、進めるマスの数はそのコマの現在の順位によって決定します。また他のコマとのスタックや開始時にランダムで配置される特殊なコマの効果でその進めるマス数に倍率がかかり、状況によっては一気に大量に進むことも可能。

進むマスの数は“1からその数まで”というのがネックで、運要素のないアブストラクトぽい(いやアブストラクトそのものか)本作においてこのルールは長考を誘発する可能性も多分に孕んではいます。

さすがに古いゲームだけあり、洗練された昨今のタイトルをやりこんだゲーマーが心底勝負に没頭できるタイトルかどうかは疑問ですが、古いタイトルならではの長閑さというかスキマの妙はあって、僕なんかはそういう部分が好きなこともあって、いわゆるレガシーゲームにも独特の魅力を感じてしまうんですよね。

こういった古いタイトルを今プレイすることに価値を見いだせるプレイヤーであれば、そのセッションは当然貴重なものですし、このレアなタイトルを持ち込んでいただいたysk氏には僕は感謝の念さえ。

こういったレガシーゲームは面白い/面白くないという軸でその価値を判断するのではなく、当時のゲームデザインの妙を楽しむというのがひとつのアプローチだと僕は捉えており、そういった意味でこれからも数多くのタイトルをこなしていきたいと思っていたりします。

今の目で他タイトルと同様に判断すれば評価はNegative+ですが奇妙で斬新なゲームデザインは大変に新鮮でした。

“アムステルダムの運河”(ガーデンゲームズ/2013年)

昨年のゲームマーケットにて頒布され完売した国産同人をようやく初プレイ。

シンプルながら非常に鋭い陣取りで、手番では影響力タイルを配置するか、その数の運河を敷くかの二択。

やはりトイバーの傑作“レーベンヘルツ”を想起せずにはいられませんが、オリジナリティは十分で、また奥の深い思考のやりとりが堪能できる、名作にも引けを取らない非常に水準の高いタイトルでした。

プレイヤー全てが注意深く細心の注意をもって運河の建設に臨むことが必要で、ちょっとしたミスで第三者に大きな利益が転がる可能性もある点において、参加プレイヤーがゲームに慣れた者ばかりであればあるほど各人に求められるスキルは高くなるでしょうね。

ピンと張りつめた緊張感を強いられる緊迫した60分の熱いセッションで、密度はかなりのものがあったかと。評価はPositive。いやいやガチガチでしたw

本日の“始まったらみんな口を開かなくなる大賞”は間違いなくコレ。ルールもシンプルだし、リプレイバリューも十分ですね。

本作をプレイしてからトイバーが囲碁をプレイしていたのかどうかが気になっていたり。おそらくプレイしていた(つまり囲碁のシステムには習熟していた)と思われるのですがね。

“宝石の煌き”(マーク・アンドレ/スペース・カウボーイズ/2014年)

最近話題の新作を首尾よくプレイすることができました。

メカニクスとしてセットコレクションが採用された、シンプルでクリアな拡大再生産。

ルールはシンプルそのものでインタラクションは昨今のタイトルにしては濃厚。見通しの良さもあって、場に並べられたカードや宝石の獲得をめぐる良質なインタラクションが本作の醍醐味のひとつ。

古き良きスタンダードなドイツゲームが2014年の現在に突然出現したかのようで、こんなシンプルなメカニクスだけで十分に楽しめる良質なユーロがまだまだ作れるんだな、と感心しきり。

シンプルゆえに間口も広く、初心者にも対応してくれるのはグッド。

ただじりじりとした拡大再生産はシンプル故に展開に乏しいという贅沢な問題も同時に孕んでおり、延々と同じことを繰り返しているだけのような錯覚も手伝って、やや収束性に難ありという印象も持ってしまうかも。

終了条件をもう少し緩めて収束性を向上させるという手も当然あったと思われますが、おそらく相当な労力を払ってテストプレイした結果での完成でしょうし、これはこれで十分納得できる高い完成度がありました。

評価はPositive-。個人的にもこの新進のパブリッシャーには注目していきたいと思います。

“アタンダッラ”(ホースト・ロキッテ/(セルフパブリッシュ)/2009年)

ドイツ、アタンダッラ地方(コンポーネントには一部実写の写真も)を舞台にしたご当地タイトルもの。

座標という概念が大きな制限をもたらすタイル配置と4種のリソース管理、メインボードと個々の個人ボード、アクションポイント制などがメインとなるメカニクス。

プレイヤー個々の視線が集中するメインボードを軸にしっかりとインタラクションが生まれており、特に二種類の丸いタイルの購入をめぐる攻防には熱いものが。

勝つためにはメインボードのみに意識を集中しているだけでは至らず、他者のタイル配置からその狙いを読み、手を潰すべく先手を取っていくことが必要で、その辺りが本作ならではの醍醐味。

どうやら無名のデザイナーによる自費出版で、本作以外には発表されたタイトルもないようですが、その見た目のB級ぽさから多くは期待していなかったのですが、いやはや作りはしっかりとしたもので、90分のセッションの間はゲームを楽しめました。

地味ゆえに広範なアピール力には乏しいことと、そのテーマ性の魅力にはやや欠ける部分もあって、好事家によるB級ゲームの域を出ることは難しいでしょうが、意外にもしっかりとした作りに、セッションの機会を得たマニアははっとするかもしれませんね。

憎めない地味渋な永遠のB級ゲームにPositive-の評価を。こういう二次元座標とタイル配置の組合せってあったようでなかったような…(いやあったかなw)。



この他、“5本のキュウリ”、“Nullern”(こちらは6ラウンドのみで協議終了となりましたが)の2タイトルも消化しました。

参加していただいた4名の方に謝意を。UDA土曜ゲーム会では今後もテーブルゲームの魅力についてせまっていけるセッションを続けていきたいものです。

2014/04/08

UDA週末ゲーム会('14/04/05,06)

先週末の土曜日と日曜日に突発的に時間ができたので自宅ゲーム会を開催しました。

土曜日は午後7時半から深夜0時前まで、日曜日は午後1時半から午後8時頃までじっくりとボードゲームを楽しみました。

プレイできたタイトルについて印象等をこちらにて簡単にまとめておきます。

“マチュピチュの王子”(マック・ゲルツ/PD出版/2008年)

6年前のゲルツのタイトルです。初回プレイの印象が良く、以前よりリプレイの機会を窺っていましたが今回ようやく実現しました。4人。

マチュピチュの各エリアをプレイヤー駒が移動することで各種アクション(リソースの獲得や神殿への奉納、インカ人の派遣、市場での売買など)を行い、勝利点の基礎となるカードの収集をめざします。

ゲルツというとロンデルというサークルを用いたアクション選択のメカニクスが有名で、実際彼の諸作でもよく採用されているのですが、本作には珍しくそのロンデルが登場しません。ただ“選択したアクションにより次のアクションに緩い縛りが発生する”という点では本作も一致しており、本作のアクション選択における王子(プレイヤー駒)移動のメカニクスはロンデルのバリエーションのひとつといえるかもしれません。

アクションの種類がやや多岐に渡るため何をどうすればよいのか、初めてのプレイヤーは判断に戸惑うかもしれませんが、基本となる指針は伝令駒をとにかく進めて1枚でも多くカードの収集に励むということを念頭に置いて、ではそのためにはどうするかとそこから連鎖的に選択すべきアクションを考えていくというのもひとつの選択肢だと思います。

インスト段階ではややトゥーマッチな印象を持ってしまいがちですが、基本的な構造は存外シンプルで、プレイアビリティの高さも手伝って、この手のゲーマーズゲームにしては大変プレイしやすいのではないかと思いました。これは僕がゲルツの諸作に抱いている印象と同じものでもあります。

マチュピチュの各エリアでの移動とアクション選択は濃密なインタラクションそのもので、選択するアクションにより生じる自分のメリットと他人のデメリット(そしてここにはインカ人駒というアイデアが大きく影響してきます。良く出来てる!)のバランスを天秤にかけることで最善手を模索していくこの感覚。避けがたいジレンマの中で次々と判断を下していくのが本作の最大の醍醐味ではないかと。

ほぼ運要素ゼロの競技性の高いゲームにおいてカードのドローの結果がバランス的に運要素が際立ってしまっているようにも思いましたが、完成度は素晴らしく評価はPositive

ゲーム終了条件が二つあり(そして収束のタイミングがまた絶妙に均衡している!)、各々で勝利点への補正処理が異なることで最後まで勝敗が分らないというのもゲルツの憎いまでの好アイデアかと。

それにしてもロンデル的なメカニクスはプレイアビリティの向上と単純に良質なジレンマのふたつを同時にもたらすのだな、と感心。

“ペントス”(ブルーノ・カタラ/アシンクロン/2013年)

国内供給も始まっているカタラの新作カードゲーム。

メカニクスとしてはシンプルなハンドマネジメント、セットコレクションで残った手札が減点の対象となることからゴーアウト的な側面もあります。

今回は時間の都合で1ラウンドのみのお試しプレイとなり評価は保留しますが良い感触から本プレイが楽しみな印象は残りました。また特殊カード以外は内容もアートワークも被りなしのユニークで、またこのアートワークの素晴らしさが印象に残りました。

“電力会社”(フリーデマン・フリーゼ/2Fシュピーレ/2004年)

いわずとしれたドイツゲームのビッグネームを新版発表から10年を待ってようやく初プレイ。4人。

いきなり結論からいうと傑作でした。

競り、ネットワーク構築、手番順操作、商品価格相場など多彩な要素が無理無駄なくしっかりとひとつのタイトルのなかにうまく纏められており、プレイアビリティがまた実に高い。以上。

…とそれだけで終わらせたいところですがそれもなんなんで以下フリーゼの傑作を前に蛇足駄文でも。

運要素はほぼゼロ(しいてあげれば発電所カードの市場への登場順)の競技性の高いタイトルで、プレイヤーのスキルが勝敗に濃厚に影響するタイプの本格的ボードゲーム。とはいえルール自体はそれほど難しいわけでもなく、プレイの基本方針としては自分の欲しい発電所を競りでなるべく安価で入手し、これまたなるべくコストをかけることなく自分のネットワークに接続していくだけ。

と書くとえらく単純なゲームに聞こえるけれど当然そんなことはなくて、そこに他人の発電所状況や発電原料の相場状況、隠匿されている各人の所持金の予想、陣取り要素濃厚なネットワークの絡み、都市の数と手番順操作における攻防、ステージ切り替えのタイミングなど真剣に勝利を目指した時に考慮すべき事案は当然少なくない。

フリーゼの(特に電力関係の)タイトルによくあるように、上記各要素をふまえた上でのシビアなコスト管理、自分の手に握りしめた紙幣の束と盤面の状況を見比べつつああでもないこうでもないと現金の運用に頭を悩ませるのが最大の醍醐味か。お金が足りないと悶絶すること必至でしょうけれどそれが本作の醍醐味で、いかにしゃがみ、いかに出し抜くか、このタイミングを全体の状況から見切ることに長けたプレイヤーが勝利に最も近づくのではないかと。

まあ抜き差しならない緊迫した緊張感が持続する充実の2時間半で、時間が経つのはあっという間。収束性にあと一歩要求したい気もしましたが評価は満足のPositive+

ゼロ年代ドイツゲームのひとつの到達点で、鬼才フリーゼの実りある成果がここに。

数字の管理にアレルギーがある方にはあまりお勧めできませんが、間違いなく輝きを失わないクラシックのひとつでしょう。これだからドイツゲームは…。

“フェニキア”(トム・レーマン/JKLMゲームズ/2007年)

作者は“レースフォーザギャラクシー”や一部の18xxシリーズで有名なトム(トーマス)・レーマン。そう聞くとなんとなく強面なイメージを持ってしまいますがBGGにはこんな作者近影がアップされていたりします。↓(オジサンナニヤッテンスカ!)

さてゲームの方に話を戻しまして。競りやテックツリー、パラメータ管理といったメカニクスが採用された拡大再生産で、運要素も低い本格系。

序盤では成長曲線は緩やかなもので、じわりじわりといった成長の伸びはもどかしささえ感じるものですが、中盤から終盤にかけてインフレ的に一気に伸びるあたりはいい意味でアメゲーぽいというかカタルシスそのものというか。まあそれも序盤での仕込みありき、メカニクスとしてのテックツリーをしっかりと理解した上でのプレイありきで、その点においてゲームが最初から最後まで因果関係として一本の線で結ばれる(ような気がする?)のはセッション後に充実感をもたらしてくれます。

特徴的なのが競りの原資となる資本をもたらす生産力というパラメータと、その上限を厳しく制限する倉庫/国庫の存在で、ここをしっかりとマネジメントできないと終始苦しい展開に苛まれること。逆にその点のマネジメントと競りでの勝利、そしてテックツリーを上手く利用した拡大再生産が本作の最大の醍醐味ではないかと。そしてやはり勝敗を決するのはニッチな方針を取ることで競りにコストをかけることなく独自の繁栄を構築できたプレイヤーではないかと思われます。

レーマンらしい、冗長さのない非常に鋭いタイトルで、収束性がよく単位時間あたりの密度もなかなかのもの。言い訳のきかないシビアな点もフリークには魅力的で評価はPositive-。各カードにそれほどテキストが載ってないこと、偏った効果が少ない点も好印象でした。

久しぶりのプレイとルールの読み込み不足ということもありややインストが冗長だったことをこの場を借りてお詫び致します。もうちょっと上手くインストできたら導入から締まっていたかなぁ。


ということで二日間にわたり3(+1)タイトルを楽しむことができました。どれも充実した濃いセッションだったと思います。急な呼びかけにも関わらず集まっていただいた諸氏に謝意を。また宜しくお願い致します。

2014/04/02

UDA土曜ゲーム会('14/03/29)

先月29日の土曜日に自宅ゲームスペース“UDA”にて行ったクローズゲーム会。そこでプレイできたいくつかのゲームについて、その時の印象等をこちらにてまとめておきます。

“BUS”(ジェロエン・ドゥーメン、ヨーリス・ヴァイエルジンガー/スプロッター・スペレン/1999年)

この日はネーデルラントの皇帝、スプロッターの15年前のタイトルから開始。3人で。

“ケイラス”、“モルゲンランド”と共にワーカープレイスメントの三大始祖とされるタイトルのひとつで、メカニクスとしてはネットワークビルド、ピックアンドデリバー、そしてワーカープレイスメント(早い者勝ちのアクション選択特有のヒリヒリした感覚からそう言ってしまってもいいと僕自身は思いました)などなど。

ゲーム開始時に支給される20個のキューブ。ラウンド毎に最低2個はアクション選択エリアに配置することが義務で、1ラウンドに3個以上のキューブもプレイヤーの任意で配置できますが20個のキューブを使いきったプレイヤーは以後ゲーム終了までアクションには参加できません。つまり1ゲームを通して20アクションが可能なアクションポイント制のメカニクスと捉えることも可能なわけです。(そしてそこからワーカープレイスメントはアクションポイント制のメカニクスから派生したという視点もあり得るかもしれません。)

配置フェイズで全員がパスしたら今度はアクションを実行していきます。

運要素ゼロ、テキストゼロの風通しの良いユーロで、ワーカープレイスメント特有のアクション選択における椅子取りゲームとゲームボード上のネットワーク構築は厳しい制限から陣取りの要素も孕んでおり、これらのもたらす濃密なインタラクションがなんといっても本作の醍醐味。

セッションが進むにつれネットワークや建物が増えていくことで徐々に増加していく情報量が適度な盛り上がりをもたらしている点も見逃せない。

もっとも印象的だったのが、配置フェイズでのキューブ配置の“順序”と実行フェイズでのアクション実行の“順序”がそれぞれ個別にしっかりと規定されていることで、このアイデアがプレイヤー間の熱い駆引きや盤面への反映に妙味をもたらすことに成功していることです。

インスト込み90分で終わる収束性も素晴らしく評価はPositive+。ボードゲーム史においてあまり取り上げられることのないタイトルという印象がありますが少なくともユーロ愛好者であれば是非一度はプレイするべきで、話題の少なさから埋もれた名作のような残念な一作という印象も。絶版入手難なのでまずはプレイにこぎつけるまでにひとつハードルがありますが、再版される価値は十分ある一作かと。

純粋に自分だけのネットワークで循環するバス路線という夢は実現するでしょうか。

“シトラス”(ジェフリー・D・アラーズ/dlpゲームズ/2013年)

アラーズの昨年の新作を3人で。3人ははじめて。

メカニクスとしてタイル配置、エリアマジョリティ、特殊タイルなどなどが採用されている、こちらもシンプルで風通しのよいピュアユーロ。

タイル購入における独特で面白い市場のメカニクス、また中立地帯やその合併、フィンカへの影響力をめぐる陣取りなど個々の要素が有機的にうまく絡み合っており、ゲームは十分に楽しめるものに仕上がっています。

攻略の糸口として、自分の農園をなるべく複数のフィンカに接続することで得点効率を上げることや市場での残タイル枚数がなるべく多くなることをめざす市場マネジメント、そしてゲーム全編を通してカツカツの資金繰りが強いられる本作に置いて資金獲得の数少ないチャンスである収穫のタイミングへの目配せなどが上げられると思いますが、これら勝つためのマネジメントを意識することで本作ならではの奥深い醍醐味が見えてきます。

これ以上でもこれ以下でもない全体的なボリュームが自分の好みにマッチしていることもあって非常に好印象。評価はPositive

BGG推奨のプレイヤー数3人は確かに本作に合っているかもしれません。4人も悪くなかったですがこの時のセッションでも3人という限られた情報量の中でコンパクトに足を引っ張り合うことで本作ならではの妙味を引き出してくれていました。

“ルイス・クラーク探検隊”(セドリック・シャブースト/アスモデ/2013年)

国内流通の始まった新作。ここから4人で。

メカニクスとしてはハンドマネジメント、ワーカープレイスメント、リソースマネジメント、デッキビルドといったあたり。

設定上レースゲーム的なフレーバーもありますがこれは単に得点トラックをそのように仕立て上げているだけで、フレーバーとしては太平洋に最も早く到達したプレイヤーの勝利となっていますが要は規定の勝利点を最も早く獲得したプレイヤーの勝利と理解できるかと。

メカニクスとしてはいろいろ上げられると思いますが、メインとなるのは手札の管理で、このカード自体表と裏二通りの使い方があることからこれだけでもプレイヤーが要求されるスキルのハードルは自ずと高いものであることが窺い知れます。

また手札に限らず余分なリソースの保持は、実質的に勝利点を獲得するフェイズにおいて減点の対象となることから当初からの計画的な管理が要求されます。

緻密な手札と資源のマネジメントが本作の醍醐味で、うまくマネジメントできたときの達成感は大きいものがあり、また同時にその点での可能性も十分に秘めているというのが本作の魅力ではないかと。

初回での4人プレイ(因みにBGG推奨は3人)という条件のせいかインスト込み4時間オーバーという長いセッションになってしまい、やや収束性に難ありという印象は拭えず、評価はPositive-

このボリュームをどう受け止めるのか、そこで個人毎の好き嫌いが分れてきそうな気がします。しかし少なくない人物カードの多岐に渡る雑多な能力の数々が分かりやすいアイコンで記号化されているためプレイアビリティは情報量に比して高いことも評価できます。

“ジュリエットと怪物”(マルセル・アンドレ・カサソラ・メルクル/カサソラ/2006年)

メルクルの8年前のカードゲームを国内のパブリッシャー、ニューゲームズオーダーが昨年独自に再版したものを初プレイ。

メカニクスとしては山札からのドローやプレイヤー間のドラフト、ゴーアウト型のカードゲームと捉えることもできますが、手札の内容により勝利条件が各々のプレイヤーで異なることも特徴。

自分がジュリエットを保持していないのであれば怪物を使いジュリエットの捕食を目指しますが、保持しているのであればなるべく早く山札を枯渇させる(朝が来ることを目指す?)ことが勝利への指針となります。

特徴的なのが手札の並べ方がルールによってしっかりと規定されており(カードスタンドは必須かと)、その法則性を踏まえた上での他プレイヤーの手札の内容の推理が本作の最大の醍醐味で、ここが楽しめるかどうかで本作の評価は分かれる気がします。

以上のことからメモリー要素もあり記憶力に自身のない僕には十分に楽しめなかったというのが本音で印象はNegative+。メルクルは大好きなデザイナーのひとりなのですがね。

しかしメルクルのゲームのこの強烈なまでのオリジナリティの高さよ。楽しめなかったのはプレイヤーのスキルに問題があるとまで主張してくるような、そんな感じすら受けました。

“新しい学”(ディルク・ネメヤー/コンキスタドール・ゲームズ/2013年)

米国のパブリッシャーから昨年発表されたユーロを初プレイ。4人。

メカニクスはワーカープレイスメント、テックツリー、パラメータ管理などで、ここに運要素として各ラウンド2枚のイベントカードと実験アクション実行時のダイスロールが絡む。

ゲームボード中央に本作のメインとして堂々と配された、研究、実験、出版という三段階で構成される各種発見が因果関係のように樹形図として系統立てられたテックツリーがまずは好事家には堪らないアピールポイントか。(かくいう僕もテックツリーは大好きw)

プレイヤーが本世界に介入できる各種アクションはシンプルと言ってもよいワーカープレイスメントそのもので処理され、ここでの揺らぎのなさ、言い訳の出来ない歯切れの良さからは本作の競技志向の強さを予感させるのに十分なものが整えられています。にもかかわらず、一部のイベントカードのやや極端な内容や救済措置のないダイスロールは本作の主旨にそぐわないという意味で違和感を覚えるプレイヤーもいるかもしれませんね。

ランダマイザとして採用されている1D6が大味なアメゲーの印象を本作に持ち込んでいるとも取れ、そこが僕には本作の数少ないマイナスイメージポイントで、これなら休息ポイント周辺のデベロップやダイスの数を増やすことでもう少し本作の主旨に近づけたような気も。(もっとも僕なら本作から運要素は一切排除し、プレイヤー間のインタラクションのみで全編を貫いたかもしれませんが。)

統一感のある美しいアートワークや数学、天文学、物理といった理系の学問をテーマとしているところは完全に僕の好みに合致しているのですが、上記何点か気になる点も否定できず総合評価はNegative+。4人プレイで15ラウンドというのも長すぎるという印象。

やはりランダマイザは面白さを左右する重要な要素だな、と再確認したセッションでもありました。

“カラスと水差し”(シーン・D・マクドナルド/フィフス・ストリート・ゲームズ/2010年)

先日のセッションにひきつづきこちらの希望にて立卓。4人。

“パスティーシュ”の作者によるイソップ童話をモチーフにしたトリックテイク。

瓶の大きさとそれに入れる石の大きさというイメージが元々のテーマとのマッチングもよく、トリックテイクにしてはメカニクスとテーマの親和性も感じられるという意味で稀有といってもいいかと。

先日の初回プレイではこちら側に今一つルールの理解不足を感じていたのですが、今回のセッションでしっかり理解できたのもあって、じつはかなりシンプルと言っても過言ではないような、オーソドックスなタイトルという印象も。

各トリックはマストフォローの結果によりカラスが水を飲めるか否か、あるいはリードカードが喉の渇きカード時のペナルティカードの押し付け合いという3パターンに分類されるということをまずは理解するのが本作の出発点。

手札による選択のジレンマがやや希薄な印象で、そこはマイナスポイントなのですが、テーマの再現性という魅力からくるのか、本作ならではの妙味もあって、独特の魅力はありますね。

得点の高い数値の小さいカードは水を溢れさせないために利用するのでしょうが、そこが4人ゆえでしょうか、今一つ機能していない印象もあって、良質なジレンマにあと一歩届かずという印象も拭えず、評価はNegative+。一度3人でのプレイも試してみたいところです。


この後アフターでサイゼリアへ。感想戦に花が咲き閉店時刻の深夜12時まで4人で話し込みました。

クローズ会はじっくりとゲームに向き合えるのが最大の醍醐味ですね。参加していただいた皆様に謝意を。また卓を囲みましょう。

【付記】なお当日の様子は参加者のひとりyskさんによりこちらでもレポートされております。是非ご覧ください。

2014/03/23

シュリンクを斬る!㉝ “ルイス・クラーク探検隊(Lewis&Clark The Expedition)”の巻

ホビー・ジャパンから国内供給の始まった新作が我が家に到着しました。

今回はその国内発売されたばかりの新作、“ルイス・クラーク探検隊”の箱を開け、中身を検証します。

シュリンクを被った最後の姿。コスモス12インチ大箱のサイズ。

裏面。和訳ルールが貼付されています。

まずはこのルールブックを取り外します。

セロテープを慎重に剥がしていきます。

はい取り外しました。

翻訳は進藤欣也氏。ローゼンベルクに対する献辞も。

それではシュリンクに刃を入れます。ぶすり!

切れ目からフィルムを剥がしていきます。

バリバリ、ムシャムシャ…。

ボックス背面には英文ルールブックが封入されていました。

ルールブックの下からは簡素なボックス背面が。

表にまわります。あと少し。

はい、シュリンクを剥がしました。

右下にはパブリッシャー、Ludonauteのロゴ。

仕様の表記。対象年齢14歳以上というのはややハードルの高い証拠か。

こちらが本当のボックス背面。最近のゲームにしては珍しいくらい簡素なもの。

デザイナーやアーティストの表記。アートワークはSdJノミネートで話題になった“アウグストゥス”の人ですね。

こちらは英文ルールブックの一部。中国製であることが分ります。

背面に付されているプレイ中のコンポーネント写真。色鮮やかなコンポーネントに期待できます。

それでは箱を開けましょう。ぐぐぐ…。

ぱかり!

まずはパンチングシート。

パンチングシートはご覧のように全部で3枚。

タイルやシートなど全部抜き出しました。抜きやすさはA~Eの五段階評価でCの普通。

こちらがトークン類。ソロプレイでのみ使用するトークンも。

5人分用意されたプレイヤーボードなど。

つづいてゲームボードの方へ。

ゲームボードは四つ折りですね。

広げてみました。大きすぎず小さすぎず、ちょうどよい大きさ。なるほど確かに北米大陸を模したものですね。

ボードに施された美しいアートワークの数々を接写しました。

細かい部分にまでしっかりと筆が入っているボードです。

裏面は黒一色。

残りのコンポーネント、カードと木製コマ。

まずはカードから見てみましょう。

フィルムを取り除きます。

人物カードは全部で84枚。なんとすべてイラストの異なるユニークものでした。力が入っていますね。

裏面はこんな感じ。大雑把に言ってインディアンが1~3体のもの3種類あるようです。

最後に木製コマ。大きく分けて二種類あるようです。

まずはインディアン駒とプレイヤー駒を並べてみました。欠品はありませんでした。

細かい仕事のされている木製コマですね。

やや離れた位置からもパシャリ。

つづいてリソースを表す六角形のコマ。こちらもぴったり過不足なし。

せっかく並べたのでいろんな角度から撮りました。

こちらもしっかりとした木製コマです。

それでは箱にしまっていきます。まずは木製コマから。基本的に付属の袋を使いましたがプレイヤー駒のみダイソーの1番を使用。

ここに納入。

つづいてカード。二種類に分けてそれぞれを小袋に。ダイソー3番です。

ボックス内最上部へ。

トークン類。ダイソーの1番です。

こちらは最下段へ。

プレイヤーボードやタイルを納めます。ぴったり納まるよう採寸されたインナーでした。

最後にゲームボード。ややスペースが余り気味だったので…

インナーを抜き出してパンチングシートをスペーサーにしてみました。

するとこのようにツライチに。

ぴったりと上蓋をして終了。

すでに評判も上々のワーカープレイスメント。プレイが楽しみです。